□Glenrowan(Ned Kelly's Town)□
2004年10月10日(Sun)にNed Kellyで有名な(知らんかったけど)Glenrowanという街に行って来ました。
小さい街であんまし見る所もないけど、OZにはヒーローなNed Kellyなのでした(・∀・)携帯で撮ったので画像悪っ!
Melbourneから車で2時間半ほどかな?画像の前にAusの"ねずみ小僧"なNed Kellyの豆知識でも。

□Ned Kelly□
エドワード・ケリー、通称ネッド・ケリーは1854年にヴィクトリア植民地(現在は州)に生まれた。

ネッド・ケリーは、開拓時代、新世界で土地も手に入れられずに野盗になった移住民の典型で、あざやかな手口のオーストラリア犯罪史上に残るブッシュ・レンジャー(強盗)で、1880年に26才で処刑されました。(植民地時代には、逃亡に最も適した場所は未開の奥地にあるブッシュ(低木林地帯)であったため、犯罪者はブッシュ・レンジャーと呼ばれていた。)彼は銀行員は殺さず、警官を撃ち殺し、盗んだ金は彼の家族や貧しい友人や仲間達にやったと言われている。ブッシュ・レンジャーの中でも、ネッド・ケリーは当時から現在までもファンが大勢いるOZ版ねずみ小僧。 横暴な権力者や警察に対し体を張った反抗をくり返し、国民的ヒーローになりました。
ケリーのオーストラリアでの人気は今でも高く、小説、伝記、映画は数知れないというアイドル的な存在なのです。日本で言う「水戸黄門」「遠山の金さん」・・・くらいの有名人と思ってくれればいいでしょう。
旧メルボルン監獄館内には、ネッド・ケリーが警察との最後の戦いの際に使用した鎧やデス・マスクなどの遺品が陳列されています。なぜなら名盗ネッド・ケリーが26歳で処刑されたのがココなのです。しかも彼はハンサムで人気もあったそうです。その他にココには実際に使われた拷問道具や処刑道具が並んでいます。二階に上がると絞首台があり、ネッド・ケリーの処刑の様子の絵もありました。彼の処刑に対しては、8万人もの多くの人が減刑嘆願書に署名したと言われています。

19世紀後半の4人組ギャングのボス、ネッド・ケリーは荒れた時代にさっそうと現れ、強盗・殺人を犯しました。その反面、彼らの真情は民衆を抑圧する権力者に対しての反抗だったのです。彼らの人気の理由は、抑圧する権力者に対して勇敢に戦って倒れた若者としての歴史的な評価です。時代を嘆くだけでなく、正面から戦った彼らは今を生きるオーストラリアの人々の心に今でも生きているのです。その証拠に、「ネッドケリーのように勇敢に・・・」という言葉もあると言います。
ちょこっと文章お借りしました(・∀・)


静かな街だ でもバスに乗ってきた観光客がようけおった 弾除けBlacksmith装着のNed(*゚Д゚)/ ダー!
街の中心から左はこんなん 右側 でかいNed Kelly
膝を撃たれたペイントしてるのよん 第二第四日曜のみ開くらしい これが$500だったかな
Ned Kelly人形ここで撃たれて捕まった 古いChurch これがBlacksmithだ!
ホテル跡は今は草ボーボー この横には1997年に銃が見つかったというポイントもある こんな警官が草むらに5体ほど
Nedの隠れてたホテル跡 ここで最初の銃撃戦 警官が隠れてますよ〜のポーテントールもどき
今は使われてないのです 汽車は通るが止まりませぬ
昔は駅だった模様 線路はあるけど止まりませーん(・∀・)
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