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最近虐待についてのニュースが多いけどその事について
書いているエッセイ見つけて同じ思いだと感じたので書いておきます。
自閉症とは関係ないけれど子ども関連なのでここに…
◆家族の絆◆
「絆の切り方教えます」
■あの顔でわが子殺すかホトトギス・ママ■
大阪尼崎の虐待死事件はホントにくやしい。なんで歩けもする、口もきける小学校1年生の男の子が実の母親に殴り殺されなければならないわけ?いやいや、もっとくやしいのはつい数ヶ月前に虐待されて保護したはずの養護施設の職員たちが「母と子の絆を回復するのにいい機会だから」といともあっさりと長期の帰宅をさせたことでしょう。
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'40年ぐらい前なら虐待と言えば少女マンガのメインテーマ、「シンデレラ風継子虐め」でしたねぇ。当時「質素、倹約、我慢、過労」で主婦はバタバタ若死にしたり、離婚したり。保育園もファーストフードもなかった時代、主婦は一家の必需品でしたから、どのお父さんもすぐ再婚しました。もちろん恋愛する暇なんぞないから、再婚家庭は他人行儀でぎこちなく、無責任な周囲は「本当の母親ならもっと愛情深いだろう」と噂しあったものです。今の熟年世代はマンガで「実母は他人より優しい」と言う幻想を擦り込まれてるから、短期間での「母子の絆再生」を信じちゃうのでしょう。
■エステ気分で出産しないで・子供は道具ではない■
そもそも「育児は育自」という言葉自体がアヤシイ。いつのまにか一人歩きしています。「子育てをする事で、こんなに未熟な私でも大人になる事が出来ました」なんて芸能人がテレビで話す度にハラハラしまっせ。(子供はあんたの成長の為の道具じゃないのよん)前後に違う話があっても時間の関係でカットされてるんでしょうね。でも、そこだけ短絡的に聞いて「そうかぁ、私も子育てすれば成長するかなぁ」なんてエステでも試すみたいに子供を産むアホもきっといるに違いない。
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エステ気分の出産だから、効果がなければ化粧品を捨てるように「こんなのいらないワ」となる。子育てに「血が繋がってる嬉しさ」とか「情が移る」という情緒的感覚はなく「自分にとって目先の損得だけがすべて」という猿のような親もいるのだと、そろそろ世間も認めたほうがいいと思います。
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さて、この手のアホ親はほとんどが「虐待の連鎖」といって「自分も親に酷い目にあわされていた」と言い訳をするようですね。そこが裁判の時に同情点になるから、ここぞとばかりに悲惨に語るのかもしれないけど、その気になれば警察や児童相談所に駆け込める14や15歳になってもまだ虐待され続けていたというのは一般人には不可解な話かもしれません。何故そんな親子関係をもっと早く断ち切らなかったのか?
■親は子供に甘えると子供はけなげに親を支える■
普通なら親が横暴な支配者で子供が奴隷のように思えるでしょうが、実はそうではありません。虐待をする親は家族の前では非常にもろくて弱くて幼稚で、しかも遠慮なく周囲に甘えるガキのようなヒトが多いのです。幼児は純粋だから「自分が支えてやらないとママは駄目になってしまう」とけなげに思ってしまうんですね。
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そうすると親は最も手近な子供にどっと頼ってしまうわけ。「このバカ、死ね!」と言ってもすぐに「あんたがいてくれないと私は死ぬ」なんて抱きしめて泣いたりする。人間関係を大事にするという経験も意欲もないから、気分だけでコロコロ変わるのです。
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生まれた時からこの極端に歪んだ愛情(?)表現(親の自己チューともいう)を繰り返されると、子供の方も何がなんだかわからなくなって、無気力になっちゃうんですね。やがて「生きる事さえ、どうでもよくなってくる」と殺されても殺してもどうでもいや、となるから恐ろしい。
■虐待児は親と縁を切って自分の人生を歩みなさい■
へばりつき、しがみついてくる親を持つ子ほど「家族の絆」という幻想は捨て難いのです。虐待児も成長して世間を知ると、他のヒトの「家族」と自分の「家族」が違うという事に気がつきます。「どうやったらあのうざったい親が生きる支えになるのだろう?もしかしたら自分が悪いから親がああなったんだろうか?自分がもっと頑張れば…」とつい期待してしまうのです。
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私はそういう「けなげな子供」がいじらしく、哀れでなりません。そりゃ運が良ければ10人に1人ぐらいは家族の絆を作れるかもしれないけど、全エネルギーを注いで一生頑張らなければならないほどの「重要さ」ではないのよ、と肩を叩いてやりたい。「なんだかんだ言っても親は大人。あなたがいなくても食う事に困る事はない。だからもう親の心配はいいから、早く逃げなさい」と幼い子供らの背中を押してやりたい。
■家族に期待できない時は家族もどきを大勢作ろう■
今世間は「幼児虐待」に対し、あまりに寛容過ぎると思います。裁判でも傷害致死罪でせいぜい懲役5〜6年、「自分の腹から出た子を生かすも殺すも親次第。他人に実害はない」とでもいうような軽さでしょ。あれがケシカラン。アメリカで2人の幼児を道連れに親子心中をはかって生き残った若い日本人母親を「殺人罪」で終身刑にした良識をもっと見習ってもいいのではないかしらん。
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子育ての主役は「子供自身」なのです。親が「親権」放棄をしない為に子供が他家へ養子に行けない、児童相談所が強制介入出来ない、殴られる事を止める事も出来ない現状を考える時、子供に向かって親孝行を要求するのはもうやめにしませんか?それより「絆は親兄弟との間だけとは限らないのよ。あなたを愛するヒトすべてが家族と同じ『家族もどき』なんだから、そのヒト達との絆を大事にしなさいね」とみんなで言ってあげられたら、「おっと、あぶねぇ」と逃げ出す子供がもっと増えるでしょう。
2001年【フォアミセス11月号】『血迷うから人生はおもしろい』より++宮本まき子++
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